小説渋沢栄一 上 (幻冬舎文庫 つ 2-12)作者: 津本陽出版社/メーカー: 幻冬舎発売日: 2007/02/01メディア: 文庫購入: 8人 クリック: 33回この商品を含むブログ (5件) を見る

小説 渋沢栄一〈下〉 (幻冬舎文庫)

小説 渋沢栄一〈下〉 (幻冬舎文庫)

尊敬する実業家,渋沢栄一の伝記である.上巻はおもに幕末の尊王攘夷派時代の内容であり,下巻から明治時代の実業家としての活躍が描かれている.私の興味は実業家としての渋沢栄一なので,上巻は導入として我慢して読んだ.興味深かったのは,徹底した合理主義者だと思っていた渋沢も,若い頃は主義主張で凝り固まっていた尊王攘夷派であったということだ.しかし,ここで彼の器の大きさを示しているのだが,現実に日本が置かれている状況を目の当たりにしたとき,今までの生き方を「非合理的なもの」として潔く捨てた.そして「実業」こそ,国を発展させる根幹だという認識を強めて奮闘するのである.
 
この本を読むことで,当時の日本社会の世情が垣間見える.興味深かったのが渋沢が多くの町人を,ひたすら損得勘定に終始する「卑屈な町人」として嘆いていることである.現代日本社会のライブドア問題を連想してしまった.渋沢が重視したのは,「論語と算盤」というフレーズにあるように,「道理にかなっているか」ということである.そして「国家社会に利益になるか」と考えた後に「自己の利益になるか」を考えよ,と述べている.この指摘はピーター・F・ドラッカーの「公共財」としての「企業」を連想させるものだ.明治時代に渋沢は,会社の存在価値を既にそのように看破していたのだ.
 
彼の人柄を知ることも出来る.彼の楽天的な性格は,波乱の人生を経て培われたものだろうか.常に最善をつくすように努力し,どうにもならないような問題は,素直に受け入れる.「論語と算盤」という思想にもあらわれているが,この謙虚さをともなう楽観的な人間として,渋沢は際立っている.
 
彼の「お金の大切は重々承知しているが,自己の殖財には一切興味が無い.実業の発展に必要だからお金に興味を持つ」という姿勢は,現代ではとても新鮮で刺激的に感じる.彼は言う.「機械が動けば,カスが出る.お金もカスと同じで,働けば金が貯まる.貯めようと思うのではなく,貯まるのが理想だ」と.含蓄のある言葉である.
 
会社で働くことについても,彼はこう本質を見極めている.「会社を己のもの,という意識でいなかったらほんとうの精神は入らない.かといって,己のもの,という意識が強すぎると公僕の精神を失う恐れがある」
 
彼の言葉には,学ぶべきことがあまりにも多い.